野黒美コラムを読んでいただいている方へは何度かお伝えしましたが、私は2017年の夏に橋本病と診断され現在投薬治療を継続中の身です。

橋本病はおろか甲状腺とは何なのかもまったく無知だったため、病名を告げられた時はびっくりして固まってしまったのを昨日のことのように覚えています。
それと同時に「いつからこの病気なのだろう」・「もっと早く気付けていたら救えた命があったのではないだろうか」と、たくさんの疑問が浮かび上がりやるせない気持ちに支配されました。

もしかしたらずっと前から抱えていた疾患かもしれません。もしかしたら出産を機に発症したのかもしれません。今となっては知るよしもないことですが、正直考えてしまします。
何年も不妊治療で病院に通っていても橋本病に気付くことはできず、過去を振り返ってもどうすることもできません。身体の痛みは忘れて薄れていきますが、心の痛みはなかなか消せません。

これから妊活~妊娠~出産に臨むみなさんに同じ思いをさせないためにも、私の辿った道のりを書き綴ります。
ぜひご一読くださいませ。

子宮頸ガンと最初の妊娠

2012年32歳で結婚し、年齢的にも早く妊娠をと考え近所の産婦人科にて診察を受けました。子宮頸ガンの検査で再検査となり、大学病院へ。ここから大学病院との長いお付き合いがはじまりました。

子宮頚ガンはごく初期のガンで、発見から数か月後に円錐切除術にて手術。希望通りできるだけ子宮頚管を残しての切除が成功したので、身体が回復したころから不妊治療をスタート。生殖機能は夫婦ともに検査結果は良好だったのですが、少しでも早い妊娠を望んでいたため不妊治療のステップをひとつずつ進んでいきました。卵管造影検査・タイミング指導・人工授精と、月に何度も通院。2013年4月にはじめて妊娠反応を見た時は喜びに震えました。

しかし胎嚢と胎芽は確認できましたが、心拍を見ることはできず、9週にて稽留流産となってしましました。稽留流産とは子宮内で胎児の成長が止まってしまうこと。最初は理解できず、赤ちゃんの成長が遅れているだけで明日には心拍が確認できるかもしれないと、かすかな希望にすがっていました。残念ながら翌週には子宮内をきれいにする手術となり、最初の妊娠は悲しい結末に終わりました。

第一子出産

流産から2回の生理を見送り、子宮が回復した8月から不妊治療を再開。今回は排卵誘発剤の注射をメインに治療を重ねました。7か月後の3月末に受精に成功、12月に第一子を出産しました。

妊娠中は尋常じゃない眠気との闘いで、気絶したように眠っていたのを覚えています。当時は【眠り悪阻】と思っていましたが、産後も眠気は解消されず悩みの種でした。
体力の衰え・授乳しても痩せない・脱毛・素早く動けない・とにかくいつも眠い…これが産後の変化で、みんなそうなんだと思い込んで過ごしていたのです。

二度目の流産と不育症疑い

2017年1月より第二子不妊治療開始。子供を連れて大学病院の不妊センターへは通えないため、個人のクリニックにて2度目の卵管造影検査を経てタイミング指導と排卵誘発剤の注射に通っていました。

3月に妊娠反応を見ることができ喜んだのも束の間、再度胎児の成長が止まってしまい稽留流産となってしましました。4月に大学病院にて子宮内をきれいにする手術を受け、最初の生理が来る頃に診察へ。その際に稽留流産は2回目だが、一応不育症(=反復・習慣流産)の検査をしましょう、と血液検査を受けることに。通常不育症の検査は連続して2~3回以上流産を繰り返す場合に行うことが多いようですが、私の年齢や不妊治療の履歴を見たドクターが検査を勧めてくれ、原因を知りたかった私はすぐに同意しました。

参考:日産婦誌59巻9号研修コーナー
http://www.jsog.or.jp/PDF/59/5909-238.pdf

内分泌代謝内科への紹介状

6月半ばに検査結果を聞きに行くと、不妊センターのドクターより「自己抗体の数値が高いので甲状腺に腫瘍がある可能性がある」と告げられました。腫瘍と聞いてガンを想像してしましましたが、「もし腫瘍があったとしてもほとんどが良性なので詳しく調べましょう」とのこと。大学病院内の内分泌代謝内科へと紹介状が書かれました。まずは甲状腺の治療をして、それから不妊治療を再開しましょうと言われ、疾患についてよくわからないまま内分泌代謝内科を受診することになり、不安に押しつぶされそうでした。
すぐに追加の血液検査とエコー検査。結果を待つ間カンファリングルームにて、これまでに気になる症状がなかったか、いろいろな問診を受けました。

疲れやすいと感じることは? 体重増加は? 家族に甲状腺疾患の方は? どの質問も「そういわれたらそうかもしれない」という、あいまいな返事しかできませんでした。動けないほどくたくたなわけでもないし、30代後半の産後なのだからこれくらいは我慢して当然、と思って過ごしていたからです。

すべての検査結果を踏まえて、担当医から病気についての詳しい説明を聞き橋本病=慢性甲状腺炎であると告知を受けました。

「甲状腺の話ははじめてのようですので順を追って説明しますね」と、たっぷりと時間をとって説明してくださいました。まずはエコー検査の結果。首全体を隈なく検査したが腫瘍らしきものは確認できなかったという言葉を聞いてホッとしました。
続いて甲状腺の自己抗体の話。正常な細胞を攻撃してしまう抗体が出来てしまっていて、これは残念ながら無くすことはできないので、薬で甲状腺ホルモンを補っていくようにしましょうと投薬治療の説明も受けました。

①薬の量を少しずつ増やしていきぴったりの量を決める
②血中の甲状腺ホルモンの量を定期的に検査しなければならない
③いつまで飲み続けるかは個人差が大きいので期間を明言はできない
④薬というより代謝を正常に導くサプリメントと思って毎日飲み忘れないように
⑤もし妊娠したら薬の量を増やす必要があるのですぐに知らせるように

これらのことをダーッと聞いて、一番頭に残ったのは薬を飲み続ける期間について。もしかして一生飲むのかな…と不安になりましたが、定期的に血液検査に通院するのだから、治療する中で疑問や不安があればその都度ドクターに相談しようと悩むのを辞めました。

チラーヂンSを飲んでみて

最初は2週間チラーヂンSで一番少量の12.5㎍を服用。少しずつTSHの値が低下してきましたがもう少し不足しているようだったので倍量の25㎍に変更し、数週間後に血液検査。私にはこの量でぴったりということが判明しました。

薬を飲み始めて1か月経過したあたりから、ぐんぐんと元気になってきました。まず朝スッと起きられるようになり、喋るスピードも歩くスピードも早くなっていくのを感じ驚きつつも嬉しくてスキップして過ごす日々。この時はじめて私は甲状腺の疾患だったのだなと実感しました。思うように身体が動くことがありがたく、今までの“きつさ”“だるさ”が嘘のよう。新陳代謝の衰えの恐ろしさも痛感しました。

2018年冬、現在も服薬は続いています。通院頻度は3ヶ月に1度。毎朝起きてすぐに薬を飲むという習慣もやっと慣れてきましたが、月に1~2度飲み忘れます。忘れた時は翌日朝と夜の2回服用。1日飲み忘れたからとすぐに体調が変化するわけではないのですが、出来るだけ毎日同じ時間に飲むようにアラームをセットしました。

一生飲み続ける必要があるかもしれないというのは、誰だって気が重くなりますね。しかし考え方を変えれば、投薬治療のみで体調が整うということ。甲状腺疾患に気付けなければ、今もなお謎の疲れに振り回されていたかもしれません。チラーヂンSは私の元気のパートナー。自分の為にも家族の為にも、元気いっぱい走り回れるようにこれからも通院・服薬をしっかりと続けていきます。

最後に…

橋本病は誰しもがかかる可能性のある疾患で、検査で病変に気付ければすぐに改善が可能です。妊娠を望む女性や産後ツライ思いを抱えている女性はぜひ検査をおススメします。甲状腺の家族歴のある方はとくに注意してもらいたいです。

先のコラムでも触れましたが、札幌市は妊婦さんが希望すれば甲状腺の検査を受けることができるシステムを導入している素晴らしい都市です。私も妊娠中に検査を受けていれば、もっと早く甲状腺の治療ができたはず。今後こういった取り組みが全国にひろまることを心から願っています。

まずは知ることから。命をはぐくむ準備、一歩ずつ進めていきましょう。

第1弾コラム「橋本病(=慢性甲状腺炎)と妊娠」はこちら。
「橋本病(=慢性甲状腺炎)と妊娠」
第2弾コラム「橋本病の症状」はこちら。
「橋本病の症状」
第3弾コラム「橋本病って何科を受診するべき? 内科? 婦人科?」はこちら。
「橋本病って何科を受診するべき? 内科? 婦人科?」
第4弾コラム「橋本病(=慢性甲状腺炎)の治療」はこちら。
「橋本病(=慢性甲状腺炎)の治療」

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